高知県の木工業界を牽引し、海外でも商品を販売している、株式会社土佐龍の取締役、五十嵐あゆみさんへのインタビューを通じて、地域産業の未来を切り拓く新たな試みと、その根底に流れる深い哲学を探ります。
彼女のものづくりを支える「森との共生」という思想、そして木という素材への深い洞察までを掘り下げ、持続可能な地域社会と産業のあり方を考察したいと思います。

株式会社土佐龍 取締役 五十嵐あゆみさん
山の循環と木の価値:製品づくりの根底にある哲学
土佐龍の製品づくりの根幹には、「山の循環」という大きな概念があります。これは単なる環境配慮という言葉にとどまらず、自然の摂理に寄り添い、その恵みを未来へとつなぐための実践的な哲学であり、資源が有限である現代において、その重要性はますます高まっています。
インタビュアー: 土佐龍のものづくりには、山や木に対する強い想いが込められていると伺いました。その哲学について教えていただけますか?
五十嵐さん: 私たちの活動の根底には、自然への深い感謝があります。木々は、自ら葉を落とし、それを堆肥にして生き続けることができますよね。ある時、心に強く刺さった言葉があるんです。それは「木は人間がおらんでも生きていけるけど、人間は木がなかったら生きていけれん」という言葉です。私たちは自然の恵みがなければ生きていけません。だからこそ、その恵みである木を製品にする際は、無駄なく最後まで使い切ることを会社のコンセプトにしています。
インタビュアー:よく「山を守るために木を切ってはいけない」という声も聞きますが、実際には違うのでしょうか?
五十嵐さん:そうですね、その認識は少し違います。実は、山は「循環させないとダメ」なんです。特に光合成の働きは、若い木の方が活発です。年老いた木よりも若い木の方が、より多くの二酸化炭素を吸収し、酸素を生み出してくれます。ですから、木がある程度大きくなったら、適切な時期に伐採し、その木材を有効活用する。そして、そのあとにまた新しい木を植える。このサイクルを回していくことが、地球環境にとっても、健全な山を維持する上でも非常に重要なのです。


土佐龍のものづくりの哲学がひとめで分かる展示パネル
インタビュアー:山の循環が滞ると、どのような問題が起こるのでしょうか?
五十嵐さん:林業が抱える深刻な問題の一つに、木の価値が下がってしまうという現実があります。例えば、80年、100年と育ちすぎた大木は、大きすぎて製材所の機械に入らないという理由で、逆に価格が安くなってしまうことがあるんです。そうなると、林業に携わる人々にとっては、手塩にかけて育てた木の価値が不当に下がってしまう、非常に悔しい事態になります。結果として収入を得られず、山の管理に十分な手をかけることができなくなり、さらに循環が滞るという悪循環に陥ってしまうのです。
この悪循環は、単に木を使うだけでは不十分で、未来の森を「どのように育てるか」という視点が不可欠であることを示しています。そしてその答えは、森の多様性という重要な問いへと繋がっていきます。
木の多様性と未来の森づくり
持続可能な森林を考える上で、「多様性」は極めて重要なキーワードです。戦後の拡大造林政策により、日本では杉や檜といった針葉樹を中心とした人工林が国土の多くを占めるようになりました。しかし、単一的な森は、環境の変化や災害に対して脆弱であるという課題を抱えています。
インタビュアー:健康な山を維持するためには、どのような森づくりが理想なのでしょうか?
五十嵐さん:根の張り方を見ると分かりやすいです。杉や檜のような針葉樹は、幹がまっすぐ上に伸びるのとほとんど対象になるように、根もまっすぐ下に伸びる性質があります。そのため、針葉樹ばかりの森は、地面を掴む力が弱く、土砂崩れが起きやすいのです。一方、桜などの広葉樹は、枝が横へ横へと広がるように、根も同じように横へ横へと張っていきます。この横に広がる根が、土をがっちりと掴んでくれるのです。
インタビュアー:ということは、多種多様な木が混在する森が一番良いということでしょうか?
五十嵐さん:その通りです。針葉樹、広葉樹、そして冬でも葉を落とさない照葉樹などが混在する、いわゆる「雑木林」が最も理想的な森の姿だと言われています。多様な木々が生えていると、根の張り方も様々になり、土砂崩れに強い山になります。また、落ち葉の種類も多様になることで土壌が豊かになり、そこに生きる虫や動物の種類も増え、結果として豊かで強い生態系が育まれるのです。
インタビュアー: 高知県では、皆伐(かいばつ)と言われる大規模な伐採も見られますが、あれは問題ないのでしょうか?
五十嵐さん:皆伐自体が悪いわけではありません。計画的に皆伐を行い、その後に多様な苗木を植林するというサイクルであれば、森を若返らせる有効な手段です。問題は、伐採した後に植林が行われず、山が放置されてしまうケースがあることです。そうした山は保水力を失い、大雨が降った際に土砂災害を引き起こす原因にもなりかねません。山の管理は、林業関係者だけの問題ではなく、その麓に住む私たち地域住民一人ひとりが関心を持つべき重要な課題なのです。
森全体を豊かにするというマクロな視点は、私たち作り手が日々向き合う、一本一本の「木」というミクロな素材への深い理解へと自然につながっていきます。

工房見学で女性部会で集まったメンバーに説明をする五十嵐さん
木と向き合う:素材の特性を活かす知恵
木製品づくりは、単に木を加工する技術だけでは成り立ちません。木の種類ごとの特性、産地による違い、さらには一本の木の中での部位による性質の違いまでを深く理解し、その個性を最大限に活かす「適材適所」の知恵が不可欠です。
インタビュアー:製品を作る上で、木の種類によって使い分けがあるかと思います。例えば、桜の木にはどのような特徴がありますか?
五十嵐さん:桜は非常に面白い木です。まず、密度が高く硬いため、叩くと「パンパン」と非常に良い音がします。そのため、よさこい祭りで使う「なるこ」などには最適です。しかし、同じ桜でも産地によって性質が全く異なります。例えば、西日本で育った桜に比べ、北海道から入ってくる桜は軽くて、色も少し白っぽい。当然、音も変わってきます。実は桜には400もの種類があると言われており、とても一括りにはできない奥深さがあるんです。

桜の木の「なるこ」。パンパンと歯切れよく会場に鳴り響きます。(画像提供:鳴子工房こだかさ)
インタビュアー:木が生きている時と、伐採された後では性質が変わるというお話が非常に興味深かったです。詳しく教えていただけますか?
五十嵐さん:はい。これは木を扱う上で非常に重要な知識です。木の断面を想像してみてください。
- 生きている時: 木が立っている時は、樹皮に近い外側の白い部分、これを「辺材(へんざい)」と呼びますが、ここだけが活動しています。水や養分を吸い上げる管が通っており、まさに生命活動の中心です。一方、中心の色の濃い部分は「心材(しんざい)」と呼ばれ、木を支える役割はありますが、細胞分裂などの活動はしていません。
- 伐採された後: 木が伐採されると、この役割が劇的に変わります。根からの水分供給が絶たれると、今まで生きていた辺材の活動が止まります。すると今度は、中心の心材が自らを守るために油分を出し始め、腐りにくく、丈夫になろうと変化するのです。
私たちはこの性質を利用し、例えば水に頻繁に触れるまな板には、油分が多くて水に強い心材を使います。逆に、なるこのようにあまり水に濡れない製品には、辺材の部分も活かして使う。このように、木の性質を理解することで、素材を無駄なく、かつ最も適した形で製品にすることができるのです。

木の性質を理解し最大限にいかした、「四万十ひのき丸いまな板」。油分が多くて水に強い心材を使用します。
木という素材への深い理解と、その命を余すところなく活かそうとする敬意こそが、私たちの日々のものづくりを支える原動力となっています。
この生きた素材と長年向き合ってきた彼女だからこその指導原理は、その最後の言葉に集約されています。「知れば知るほど、木を大事にしなければならないと心から思う」。私たち一人ひとりが、身の回りにある木製品の背景にある森の物語に想いを馳せることが、持続可能な未来を築くための第一歩なのかもしれません。

公式ウェブサイト (株)土佐龍
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